サマータイム (DST) のメリットとデメリットについて

Posted about 6 years ago by yoosee.
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サマータイムの話題が盛り上がっている。猛暑の東京五輪のためだけに2年間限定で2時間ずらすとかいう妄言は流石に聞くに堪えないが、否定する方も「百害あって一利なし」くらいの主張になっている人も多い。が、流石に世界中の国々にそれなりに普及している取り組みが害ばかりということは流石にない。ちょうど EU がDSTに関するパブリックコメント募集をしたところでもあったのでDSTの影響をごく簡単にまとめてみた。

なおそちらの原文を読めば分かるが、健康や安全などの個別領域においてすら益不益については inconclusive (結論付けられない) が多い。色々な記事や論文を眺めた感じ、好悪を併せた影響は数%以内に留まるものが殆どで、個人的な感想としてはその程度であれば国民の好き嫌いで決めればいいんじゃなかろうかと思う。

DST

ちなみに Summer Time ではなく DST (Daylight Saving Time) という呼び方をする国も多い。まあ米国など3月に開始して11月に終わるような国だと、なにが Summer だという感じなのかもしれない。

サマータイム (DST) についてのサマリ

主に下記2つの記事、EUでサマータイム継続の是非をパブコメ募集したアナウンスに記載されたサマータイムのサマリーと、ウィキペディアのサマータイム(DST)記事、及びその先の参考文献から情報を拾っている。

全般的な話としては、サマータイムが及ぼす影響範囲は非常に広く、また多くが社会的なものである。そうした社会的影響はサマータイム以外の要因を多く受けるため、サマータイムの実を切り出して好影響と悪影響を総合してよしあしの判断をするのは難しい、といった結論が多い。日照の状況は緯度や高度、その国の標準時からの東西距離によっても大きく異なるため、影響が一概に語れないという事情もある。また先に書いたが影響の大きさも数%内程度の範囲が殆どである。

エネルギー消費

エネルギー消費の削減、省エネはサマータイム導入当初の大きな理由だったが、実際にはさほど効果が無い事がわかっている。各種サマータイム研究から推定値を算出した論文では、0.34% の削減となっており、数値としては小さい。

省エネは高緯度ではある程度効果があるが、低緯度ではむしろ生活の中で暑い日中時間が長くなるために冷房によるエネルギー消費が増える結果が報告されている。EUパブコメのサマリーでも「ロケーション(緯度や高度)などの様々な要因の影響を受ける(Results also tend to vary depending on factors such as geographical location)」とされている。こうしたエネルギー消費の増減は大きくても2%以下、多くは0.5%以下程度の影響にとどまる。

経済効果

夕方から夜の屋外が明るいことにより、路面店に寄る人が増えることで小売業は売り上げ増になるのと、屋外活動が増えるためスポーツメーカーなどが利益を受けることが指摘されている。例えば米国での数字では、サマータイムが7週間延長されることでセブンイレブンが $30M (約33億円) の売り上げ増を受けたとされる。またゴルフ場は $200Mから$300M 増と効果が大きい。

またDST導入によってEU全体で3%の売り上げ増が得られているという試算がある。商業活動のみを切り出した観点からは、屋外が明るい活動時間帯が増えるので益が出やすくなることは想像に難くない。

一方 EU パブコメでの評価では経済効果に関してはほとんど触れられておらず、一点「EU加盟国内でバラバラに導入すると内部通称コストが増大して悪影響を及ぼす」点のみが指摘されている。隣接する国の時差が季節によって異なるような状況だと、国境を超えたり商談をする際の調整が厄介になり、商活動に悪影響が出るのは想像ができる。実際に米国とブラジルなど南米では、そもそもDSTが適用される季節が真逆(北半球の夏は南半球の冬)のため、DSTによる時差が1時間・2時間・3時間と変化するというめんどくさい状況が存在する。

今回 EU がパブコメの結果をもとにDST廃止の推奨勧告を出しているが、ドイツが票の3/4を占めた投票結果で、各国がどう対応するのかはまだこれからの話であり、場合によってはEU内でも国ごとにDSTの導入状況が異なるというパブコメで懸念された状況が生まれる可能性もある。

健康

屋外活動が増加する事、日光を浴びる時間が延びることによる健康への好影響が指摘されている。また同様の理由で鬱に対して改善をもたらすとの論がある。

一方で時計が年2回動くことによるバイオリズムへの悪影響は想定より大きいことが数多く指摘されている。睡眠サイクルが1時間ずれた場合、これを戻すのに2-3週間かかるとされる。また特に春に時計が1時間進む、つまり睡眠時間が1時間減るサマータイム開始時は、実施日から1週間内の心臓病発生率が10%増える、などの明確な健康問題が生じるとされている。また前の論に反して鬱に悪影響を及ぼすとの論もある。

但し同論文でも、秋のサマータイム終了時、つまり睡眠時間が1時間増えるタイミングでは逆に有意に心臓病の発生率が減少しているというデータがあり、バイオリズムの変化による影響以上に、睡眠時間の減少による影響が多いのかもしれない。そういった意味では日本人はサマータイム以前に睡眠時間を増やすべきだろう。

閑話休題。EUパブコメのサマリーでは「好悪を総合した健康への影響は結論付けられない」としている。

安全

夕方の時間帯がより明るくなることにより、交通事故は 1 - 2%の減少、また対歩行者との死亡事故は 5%の減少を示唆する研究がある。一方で春のサマータイム開始時からの2週間は(主に睡眠不足のために)事故率が10%上昇するとの報告がある。

但し長期的な社会トレンドで見た場合には、こうした事故の増減はサマータイム以外に車の性能や交通網の整備などを含めて様々な影響も受けるため、EUパブコメの評価ではサマータイムの影響が総合的に交通に好影響となるか悪影響となるかは結論付けられないとしている。

なお交通事故以外でも、夕方から夜の活動時間が明るいことで、強盗などの屋外犯罪に間しては一定の犯罪抑制効果があることが指摘されている。

農業

農業に関しては古くからサマータイムの悪影響、ないしサマータイムを実施されても実際の労働時間は太陽に併せる必要があるために農家に時計と生活時間帯がずれるなどの負荷がかかることや、逆に時計に動物の生活サイクルを合わせることで牛乳の産出量などへの悪影響が指摘されてきた。

しかし一方で近年では特に畜産や乳業分野において、人工光の利用や機械による自動化によって日照と時間のズレによる悪影響は殆ど無くなっているとEUパブコメでは指摘されている。また屋外作業が多い農作業に関しては、屋外で使える時間が増える事がメリットになることが挙げられている。

導入コスト

2007年に米国がサマータイム(DST)を延長してサマータイムの開始終了週を変更した際のコストは $500M から $1B (約550億円から1100億円) と見積もられている。これはあくまで「延長(開始終了日変更)」コストであって新規導入コストではないことに注意。また米国は国内に複数のタイムゾーンを持つ国であり、システムやプロセス上、時計が変化する場合の扱いに社会として長けているであろう点を考慮する必要がある。

つまり日本のように過去にサマータイムを導入した経験に乏しく、そもそもタイムゾーン設定などなしにシステムを作る場合も少なくない国では、サマータイム導入コストは膨大になる可能性が高い。一般論として Windows や Linux や iOS や Android など一般的なOS、またJavaやRubyなどの近代的なプログラミング言語、cron などの一般的なツールはタイムゾーン・サマータイムを内部処理できる仕組みを持っているが、そうした機能を活用せずにシステムを構築している事例も多いことは想像に難くない。また単純に試験コストだけでも膨大なものになるだろう。

導入完了後の毎年の実施コストは様々な説があるが、多くのユースケースが健康被害なども含んでしまっているため、実施のみのコストは算出が難しい。

その他

  • 屋外での活動が活発になるという事は裏返しで屋内活動が減る。端的にはいわゆるゴールデンタイムのテレビの視聴率が下がることが報告されている。
  • 年2回の時刻変更イベントを利用して防災の喚起や防災機器の電池チェックなどを織り込んでいる国がある

サマータイムは益か不益か

冒頭に書いたように、結局のところはメリットとデメリットどちらも数%内のオーダーであり、各国とも国民が好みで導入を決めればよいのではないかと思う。EUのパブコメは400万票のうち8割が廃止を希望という結果だが、ドイツからの票が3/4だったという話もあり、ドイツでは過去にサマータイムに起因する産業事故もあったなどの事情もあるし、ドイツ人はこういうかっちりしない制度は嫌いだろうなと思わなくもない。

そういう意味で日本も向いてるかと言われると微妙に思うけど、逆にこれを機に世界にはタイムゾーンが存在していることを改めて認識して頂いたり、また時計がずれたのを言い訳に少しはいい加減に社会を回すとかすればいいんじゃないか。2020年の五輪限定で実施するとかいう妄言はともかく。

 

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