DXのゴールをコスト削減とするなかれ

Posted 2 months ago by yoosee.
 

DXを進めたいと思う企業はコスト削減をゴールにしてはいけない。DXによる新たな収益の創造や経営判断のアジリティなど、将来価値に向けて投資するべきである。

企業がDXを進める際にコスト削減をゴールにしてしまうと、DXの効果の最大値が現行コストで頭打ちしてしまう。つまり、DXには現行コストの更にその一部しか投資が出来なくなる。本来のDXは新規事業の開拓による新たな収入の創出や、経営判断にアジリティをもたらすと言った、現在持ち得ていない将来価値に向けて投資すべきもの。コスト削減をゴールにするとやれることが大幅に狭まる。

なおかつ、ITでのコスト削減と言うのは概ね人員削減なので、これを続けると会社から人が減り、企業として新しいことをする体力が無くなってしまう。DXで新たな収益開拓をしようという目的に対して、これでは真逆の結果になってしまう。

Digital Transformation

なのだが、現実にはこれは結構難しい。コスト削減と言うのは成果をコミットしやすく測定も容易だが、将来価値の創造と言うのは少なくとも現場レベルではコミット出来ない。つまりこれは経営判断でやるしかない。また事業が新たな収益を生んだとして、それがDXによる効果かどうかは自明ではない。こうした問題を乗り越えるには、経営者がDXで実現できる未来を理解し、確信をもって投資し、先頭でDXの旗を振るリーダーシップを発揮する必要がある。

ところが日本企業は往々にしてITのエキスパートが経営層に居ない。ITの力を確信できていない経営者は、現場がコミットする案件にしか投資判断ができない。そして現場がコミットできるのはコスト削減くらいしかない。欧米企業のCxOはITに詳しくないまでもITのもたらす利益は体験済みだったりするが、IT化が遅れている日本企業の生え抜きの経営陣はそうした体験もないのでITへの確信が持てていない。

歴史的に見ても、欧米の労働者と比べて日本の労働者は現場の工夫と苦労で一定以上の品質に仕事を仕上げてしまうので、そうした現場回りのIT化が思ったほどの効果にならない、という原体験が経営者にある。つまりITよりも人間の方が安かったので、日本企業の経営者は合理的判断としてIT投資よりも人手による作業を選んできた経緯がある。

一方で欧米企業ではそもそも現場の作業員はそこまできちんと働かない。例えばこれは2008年のComcast、全米最大のCATV及びインターネットプロバイダーの窓口対応である。

こうした状況はそれこそITの導入により2015年頃にはかなり改善された。改善されたがしかし、それでも日本のカスタマー対応レベルには及んでいないのである。つまり米国企業にはITを導入しなければならない切実な理由があり、一方の日本企業は現場の労働者がそれより高いレベルまで人力でどうにかしてしまってきたという歴史がある。

当初のITは人間の仕事の置き換えや人間の作業の支援だったので、人間が安く、また複雑な作業も身に着けられるならば人間を使う判断もありだった。だがしかし、今のITは人間が出来ないレベルの巨大なデータを高速に処理して迅速なビジネス判断を提供するものになっている。遅いからと言って乗らなかった船が、今は高速ジェット機になっている。

なによりソフトウェアにはビジネス上最強の武器である「後出しジャンケン」、つまり「売った後に商品を改善する」ことが可能なので、市場競争力的に圧倒的に優位に立てる。これを使えない企業の立場は非常に厳しくなる。DXとはそもそも「シリコンバレーの企業の真似をすることで彼らとなんとか競争できる立場に持ち込む」のが本来の目的で、そのためにはソフトウェアの力を活用しないといけない。

日本企業も遅ればせながらジェット機に乗り換えようとしているのだろうが、今まで乗っていた自転車からジェット機へ買い替えるには当然ながら巨大なコストがかかる。DXの進んだ企業が10年かけて段階的に払ってきた費用を、DXが遅れた企業は一括で払わなければならない。ここで投資額が大きくなると当然ながら「費用対効果」を正しく理解し、株主を含めたステークスホルダーに説明しなければならなくなる。かつ、この新しいジェット機のパイロットがいない。これも育てていなければ外から雇わなければいけない。

つまりだ、DX投資の金額はコスト削減だけで説明するにはとても足りない規模に巨大化しており、将来価値に向けての投資を説明できないといけないのだが、巨額の投資を正当化するのに確実なのはコスト削減の方であり、将来価値を理解し、説明し、決断するのは非常にハードルが高い。ましてや日本の経営者には、前述のとおりITの専門知識が足りてない企業が多い。

……どうするといいのか。一応、方法はある。ITの利益を深く理解した経営者を雇うのだ。例のやたがらす人材、これを期待するなら経営陣、しかも最低でも副社長クラスの全社判断に直接指示を出せるところに置くべきなのだ。日本企業がそうした人事をできるのかという不安はあれど、やらなければどろ船で飛行機を追いかける競争を続けることになるだけだ。他企業、特にグローバル企業は待ってはくれないのだから。